AnDrew’s小生意気レビュー記

作品の感想レビュー記事をメインに投稿しています。作品への造詣を深め楽しみつつ、それを他の方々とも共有できる場になれば。よろしくお願いします。

微かに笑え あの星のように

シン・ウルトラマン

感想レビュー(後編)

 

 

※一応公式からネタバレ解禁令は出されておりますが、本記事は本編のネタバレを多分に含んでおります。未鑑賞の方は鑑賞後に読まれることをオススメします。

 

こちら↓の「シン・ウルトラマン」感想レビュー記事(前編)」をまだ読んでおられない方は、今回の後編を読む前に是非読んでください!

遥か空の星から - AnDrew’s小生意気レビュー記

 

 

赤坂先生ですよね?

赤坂先生だよね?

赤坂先生だろ!?

告知なしのサプライズの一つとして「政府の男」という役名で登場した竹野内豊さん、シンシリーズへの登場且つあの独特の風格ある喋りはもうどうしてもシン・ゴジラの赤坂先生を彷彿とさせられちゃいますよねぇ 世界観は別々なので勿論同じ赤石先生ではないだろうしそもそも「政府の男」表記なので赤坂先生と明言はしてないんだけど、それでもやっぱ別の世界の先生なんやろな...というのは思うので、シン・ゴジラを通った勢にはとても良い遊び心の効いたサプライズであった

 

さて、色々書きすぎて前後編に分けちゃったシン・ウルトラマン感想レビュー、前編では冒頭〜ザラブ編までをまとめてきましたが、この後編ではメフィラス編〜ラストまでの感想をつらつらと書いていこうと思います。是非最後までお付き合いをば

まぁとりあえず一言

後編書くのバチバチに遅れてごめんなさい!!!

前編パート投稿したし後編パートはぼちぼち書き上げるかな〜と悠長こいてたら、プライベートの忙しさや他のやりたいことの渋滞、個人的な執筆コンディションなどなどが相まって全然書けずにいつの間にか公開から半年くらい経とうとしていたの本当に申し訳ない やり残した宿題の遅れを遅れてやってるみたいになっちまった...反省

ともあれ後編をどうぞ

 

 

●黒い影─「メフィラス登場」

ザラブの一件が決着するも、神永さん=ウルトラマンであることが社会に広まったことで禍特対の周囲の慌ただしくなっており...といったところから展開していくメフィラス編。ストーリーを一気にクライマックスへと持っていく重要なパートとなりました。

しかし初っ端からいきなり巨大浅見弘子は飛ばしに飛ばしすぎやろ、という() 公開前から冗談半分に「メフィラス絡みでは原典オマージュで長澤まさみが巨大化するんじゃないの?」みたいなことを言ってる人がちらほらいたような覚えがあったけど、絵面がトンチキすぎて流石にこのシン・シリーズでそういうのはやらんのとちゃうのぉ?と思っていたので、まさかの一切の遠慮なしに叩き込んでくるパターンはあまりにも不意打ちであった。w あのアングル絶対見えてるよね?って思ってたら後から野次馬が撮ってネットに上げた画像の中にセンシティブ判定くらってるやつがあったのまで含めて面白すぎた

そんなメフィラスパートにおける主役と言っても過言ではない存在、山本耕史さん演じる外星人メフィラスはなんと言っても今回語るに欠かせないところ。真っ黒なスーツで身を包んだ人間体の端正な佇まいや柔らかな物腰、流暢で丁寧な喋り、「メフィラス構文」と呼び称される慣用句や四字熟語を好んで使う様etc...といった人間的な言動・立ち居振る舞いが他の外星人達(先発のウルトラマンやザラブ然り後続のゾーフィ然り)の対比として際立つ一方、貼り付けたような笑みをほぼ常に浮かべている点などが人間的な温かみとはかけ離れていてどこか不気味、というあの絶妙なキャラ造形は非常に印象深く、本作でも一際目立つ存在感を放つあのキャラクターは改めて思い返してもやはり最高だよなぁと。言動全体に漂う無機質な雰囲気が異質さを醸す本作の外星人の中において、立ち居振る舞いはそっくりそのまま人間のそれ(だけれどそのあまりに整いすぎた“人間味”の所々に人ならざる気配が滲みかえって怪しげに見える)、という実に秀逸なアクセントたるキャラ付けが、外星人第1号のウルトラマンよりも先に地球に潜り込み地球人を学習し暗躍していた「外星人第0号」というポジションの特別な響きにバチッとマッチし前述した不敵で底知れない立ち回りをグッと引き立たせているところをはじめ、原典メフィラスの知性・実力共にどこか一線を画した別格な存在感を見事にリメイク・リファインしているのが素晴らしいですよね  専門用語とかガンガン使ってるので何度か観て諦聴しないと細かく理解できない難解さがあるながらもなんだか聞き入り引き込まれてしまう喋りをはじめ、このメフィラスの絶妙すぎるキャラ性を一本の映画の中でバッチリと演じ上げた山本さんの名演も実に見応えがあり、かなり力入れて作られたのが感じられ、製作陣のメフィラス愛をひしひしと感じましたね

にしても、ほんと化けに化けたよなメフィラス...と今改めて思うところ。w 上述したキャラ造形の秀逸さや山本さんの名演もそうだけど、やはり例のメフィラス構文のインパクトはかなりデカかったもんなぁ(公式が構文ネタ擦るし入場特典としてメフィラス構文が基のポスカも出るし...w) ああいうコテコテのキャッチーな決め台詞みたいなのは実写作品でやるとマンガっぽさがズレとして出て変な感じになり得るのであまり好みではないのだけど、メフィラスの場合は彼の知性ある部分がグッと強調されて良い感じにキャラが引き立ってたように思えてなんか良かったんですよね。人間的な言葉遣いの多様による妙な親近感が前述の異質な雰囲気と不思議なバランスで混じり合ってたからこその味の良さみたいなものがあったのも良かったのかもしれん「割り勘で良いか?ウルトラマンとかめっちゃ面白かったもんな...w 「割り勘」という俗なワードをウルトラマンという超常的な存在に投げかけるというシチュエーションのシュールさが字面のパワーっぷりで表現されてるめちゃくちゃ具合が好きすぎる

ここから物語はそんなメフィラスの陰謀に対し掟に逆らうことにも構わず人間のため立ち向かう意思を見せるウルトラマン、そして国家への背信になろうとも彼と共に戦いへ身を投じていく禍特対へとフォーカスしていく流れへ。2時間の尺の中で色々な出来事が目まぐるしく展開していく本作であるけれど、神永さん/ウルトラマンを信じる浅見さん、その浅見さんと彼女が信じるウルトラマンを信じる禍特対、といった風にウルトラマンと禍特対のメンバー達の信頼が少しずつ積み上がっていく作劇がきっちり描かれているのは非常に良きところであり、物語も後半に入ろうというこのタイミングで双方が改めてしっかりと向き合い協力して陰謀に立ち向かってゆく運びをバンと入れ込んできたのは実に良い見応えでしたね。神永さんがメフィラスと一緒にいるのを見て静かにキレるけど後に神永さんが自分達をしっかり頼ってくれればちゃんとそれに応える、といった前半パートで築いた信頼(およびその裏返しとも言える憤り)を見せる浅見さんの姿もバディの関係性が出来上がってきてる感じがあって良き その信頼に対し神永さん/ウルトラマンはそんな彼女の身体を至近距離で嗅ぐという変態行為で応えるのだが(

そしてウルトラマンvsメフィラスの戦闘パート。ゴリゴリのギターロックが強烈なBGMをバックに両者が一歩も退かない蹴りやら投げやら光線やらの応酬でぶつかり合う戦闘が実に見応えアリな本作で一二を争うと言っても過言ではない名バウトですよねぇ ここのBGMは特報でよく聞いたBGMからの地続きのものなんだけど、ほんとあんな超絶激るロックミュージックに繋がるのは予想外すぎましたね...メフィラスのヤ◯ザキックや背負い投げの応酬といった原典にもあった演出を現代ならではの映像的な迫力を加えて魅せてきたり、かち合う両者のキック光線の鍔迫り合いといった外連味の効いた新しい戦闘演出で盛り上げてきたりと原典オマージュと新たな魅せのバランスも絶妙で(ザラブ戦もそういう感じだったし外星人戦は特にその辺意識してたのかも)、特に光線の鍔迫り合いのシーンの

両者構えた状態で睨み合う

相手の隙を引き出すように構えを解いて直立

刹那の間を挟み両者同時に光線を発射

の一連の流れは侍の決闘じみた緊張感と瞬間の爆発力のコントラストが痺れるところで超好き。構えを解いた瞬間にBGMが一瞬静かになったと思ったら光線発射と共に一気にラスサビに入ってメロディのテンションが爆アガる、というあのBGMとのコンボ演出もたまらねぇんだ

しかし実力はメフィラスの方がウルトラマンよりも上、戦況もメフィラス優勢で進み...と、原典からして相当な強さだったメフィラスがここでもばりくそに強い強い。実質的にメフィラスがまともなダメージ負ってないのが恐ろしいんよねここ...原典とはまた違う、よりエイリアン然とした無機質さと生物感が上手く混ぜ合わさったスタイリッシュなデザインや山本耕史さんの余裕溢れる声色のアフレコも相まって醸される存在感は抜群でしたね 山本さんの演じるメフィラスのイメージにガッチリハマってたのがまた良きよなあのデザイン

だがそんなメフィラスは突然何かの存在を察知、地球から手を引くと言い渡して姿を消す。ここから更なる波乱が巻き起こるという予感を残し...

 

厄介なものが来ている。面倒に巻き込まれる前に退散するとしよう...さらば、ウルトラマン

 

・裁定者と天の秤─「ゾーフィ・ゼットン登場」

 

ゾーフィって言ってない?

ゾーフィって言ってるよね?

絶対ゾーフィって言ってるわこれ

 

と、初めての鑑賞で2、3度ほど自分の耳を疑いました() 西島さんがめちゃくちゃハッキリ言ってた辺りで確信せざるを得なかった(

宇宙の脅威になる得る地球人を絶滅させる執行者として、ウルトラマンことリピアーと同じ光の星の使者・ゾーフィが姿を現し風雲急を告げる終盤の展開。これまで人類のために戦ってきてくれた光の使者・ウルトラマンと種族を同じくする存在が人類を裁定する最大の脅威として来襲する...という展開のインパクトが非常に大きいのだけど、それはそれとして初見だと何の前振りもなくぶっ込まれる「ゾーフィ」の名称がとにかく気になりすぎて仕方ないんだよなぁ...w ウルトラマン放送当時の雑誌での名称と設定の誤植とかいう、ネットを駆使するポタク達が辛うじて知ってるようなネタを公式がぶっこむんじゃあねぇ() シンマン公開以前は少なくとも自分の近辺だとウルトラオタク一同が知る人ぞ知る的な感じで繰り出すレベルのコアなネタだったからマジでビビるのよ

それはともかくとして、言わずと知れたベテラン・山寺宏一さんの名演により紡がれるこのゾーフィの不気味ながらもどこか荘厳な深みさえ感じるような無機質さが存在感あって実に良きところ。感情の類は終始ほとんど感じられないんだけど、抑揚がただ無いわけでもないという絶妙なニュアンスの表現が見事で、自然と魅入ってしまうよなぁ...左右非対称の形状の目がどこか不安感を感じさせたりとか、金と黒のカラーリングが神仏的なイメージを抱かせたりだとかいうのもあるかもだし、総じてキャラ性やデザイン性が自然と「畏怖」してしまうようなものなのかもなと  ネタ抜きにしても抜群の存在感とキャラ造形よなゾーフィ

 

そしてそんなゾーフィが繰り出すは、天体制圧用最終兵器・ゼットン。映画公開前の諸々の情報からゼットンは出るだろうとたびたび予想されていたし実際そうだったけれど、それで出てきたのが「アレ」だったのはあまりにも予想外だったよなぁ...と  ラスボスとして出るにしても、ウルトラマンSTORY 0に出てきたみたいな超巨大な怪獣として出てくると思ってたので、それすらも比べ物にならないほどのクソデカな衛星兵器みたいなものが出てくるなんてたまげるわ()  

そんな本作のゼットンですが、伊達に設定のインパクトをとびきりどデカくしたわけではないぞと言わんばかりに、ゼェットォォォン...っていうあの独特の唸りを宇宙空間に鎮座しながら放ち地球を静かに見つめる威容や、ウルトラマンの決死の特攻を全く物ともせず圧倒的な火力で叩き落とす桁違いの力など、原初のゼットンが醸していた強者感や絶望感をこの令和の世に名前負けしない圧と迫力を持って見応え満点にリメイクしてみせていたのは見事の一言。あのデカさ且つ1兆度の火球搭載してるってだけでもうだいぶ骨が折れるのに、それに加えてバカ強バリアや敵の自動撃墜武装まで搭載してるの、バカの考えた最強兵器なんすよ  勝てるかあんなもん(加えて空想科学読本でそのアホみたいな威力が検証されていた1兆度の火球をマジに現実の物理法則に近い威力に落とし込んでトンデモ兵装に仕立て上げてくるとかいうオーバーキル) 強いて言えばここぞの山場であるゼットン戦がウルトラマンvs怪獣というプロレス方式でなくデカいオブジェクト相手の戦闘だったのは他の人もちらほら言ってたようにちょっぴり惜しいところだよなぁとは思うところ。あの形だったからこその絶望感ではあったけど、やっぱりゼットンともパワフルにアクションしながら戦って欲しかったわね(後々シン・ウルトラファイトで特殊な形で実現することになったが...w)

にしても樋口さん・庵野さんがゼットンの絶望感・威圧感を踏襲・再構成し生み出したのがああいう荘厳さや不気味さを丸ごと包括した芸術的とさえ思わせるようなモノだったというのは、強火ウルトラマンオタクとしてのお2人のゼットンという怪獣に対する強固な解釈センスとそれを存分に出力してみせる芸術センスのキレキレっぷりをひしひしと感じて唸るところだよなぁと。怪獣とは恐怖であり芸術である、というのが私の持論なので、本作のゼットンは(怪獣、とはまた違うかもだが)そこにズバリバチコリと刺さるデザイン性で非常に良きでありましたねぇ 信頼できる...同じくゼットンの絶望感をイメージして田口清隆監督が作り上げた怪獣であるウルトラマンXのラスボス・グリーザも第三形態にサグラダファミリアの意匠がイメージとして盛り込まれていたりと芸術的な雰囲気を纏った非常に印象深い怪獣に仕上がっていたし、やはり樋口さん庵野さん田口さん辺りは強火のウルトラマンオタクとしての感性やロジック、魂の色が似てんだろうなと ちゃんとしてるオタクに悪い奴はいない(至言)

 

・一縷の抵抗─「最終決戦」

そんなゼットンの脅威が地球を滅ぼさんとする時が刻一刻と近づく展開の中、圧倒的な脅威を前に緩やかに裁定の日を待つ人類誰よりも人類の行く末を諦めず無謀と知りながらも自らの命を賭け立ち向かい抗い続けるウルトラマン、という登場人物達の模様が印象深く描かれる様がこの終盤のドラマの肝。地球人類がどうしようもない脅威を前に自らの趨勢を悲観し絶望し静かに全てを受け入れようとしている中で、遥か彼方から来た本来地球と関係のない異星人が、その関係のない星とそこに棲む種族のために傷付いてでも全身全霊を賭け戦う、というこの構図には、ウルトラマンが本作の物語を通じ得てきたかけがえの無い小さな生命に対する慈愛や自らの命も投げ打つ自己犠牲の覚悟さえいとわないほどの強い感情が濃く滲み出ており、痛めつけられながらも立ち上がり戦い続けようとするウルトラマンの姿の痛々しくも熱い様も相まって、この辺りから更にグッと物語に没入しウルトラマンへ感情移入していってしまうよなぁと。ウルトラマンというヒーローをヒーローたらしめている要素をしっかり本作ならではのストーリーの中でしっかりと描き上げていてグッド ゼットンによる裁定を静かに受け入れ目を瞑る総理達要人のカットからゼットンに敗れたことによる眠りから目覚めすぐさま戦いへ赴こうとするウルトラマン/神永さんのカットへと切り替わる対比構図ゼットンによる裁定が迫ると知らずいつも通りに過ごす人々の穏やかな日常が描かれるからこそ、そんなささやかな平和を守りたいと強く思う覚悟と戦いがよりグッと引き締まる流れ、といった演出が効果的に入れ込まれていたのも良きでした。無謀と分かりながらも戦おうとするウルトラマン/神永さんの覚悟を薄々感じ取りつつも力強く送り出し、彼が傷つき倒れ戻ってきた時には「本当は送り出したくなかった/傷付いて欲しくはなかった」と言わんばかりに優しく寄り添う浅見さんとのやりとりが、2人の関係性の深まりも込みでその辺りの彼の内面をより掘り下げてるのも好き 浅見さんのこの最終盤のヒロイン度の高まり良いよね...

 

一方そんな対比の構図の中で描かれる地球人の姿があるからこそ、ウルトラマンの覚悟と地球人への愛に突き動かされ、地球人として彼の覚悟に応えゼットンの裁定に立ち向かう意志を見せていく禍特対の面々の姿が実に力強く熱いのもグッときたところ。ウルトラマンが敗れながらも人類が自らの力で地球を守るのだとゼットンを相手に立ち向かう科特隊の面々を描く原典最終回の精神性の踏襲および更なる発展って感じでここはストレートに熱いよなと 何もできないもどかしさと破滅が緩やかに迫る緊迫感から思わずタバコをしこたま蒸してしまう田村班長や、ウルトラマンも敵わない圧倒的な脅威を前に出た「人類は何も知らず破滅を待つ」という決断を「それも良かろう」と敢えてどっしりと構え受け入れる宗像室長など、年長者の人達も最初やるせなさを強く滲ませることしかできなかった中で、ウルトラマン/神永さんから託されたものをしっかり受け取りいの一番にゼットンへ立ち向かう術を模索してた船縁さんがめちゃくちゃ強くて好きなんだよな

そしてその中でも一際目を惹くのは、やはりなんと言っても滝くんの絶望・諦観からの決意の流れですね。ゼットンの圧倒的な力に絶望しウルトラマンという神の如き存在に縋るもそれさえも打ち破られて自棄になるという、どうしようもないものを前に挫け一度は諦めに苛まれながらも、ウルトラマン/神永さんの覚悟と自分達に託す想いを感じ取って戦う意志を再び取り戻し奮闘する、この人間的な弱さと奮起の流れがゼットンという圧倒的な脅威への対峙、守る者と守られる者であったところから支え合う者同士となっていくウルトラマンと人類の関係性の変遷、といった終盤の人間ドラマを軸とした展開をより深みあるものへと昇華させていたよなと感じますね。ザラブやメフィラスといった外星人力を前では今まで人類が築いてきたものは無力なのかと腐りそうになる流れがあった故にこの終盤での挫折や荒れ様がより説得力のある人間の感情模様として引き立ってるし(ゼットンの撃破を諦めウルトラマン/神永さんに丸投げする投げやりな言動の後に頭を抱え苦悩する姿があることで、諦めてしまうことへの悔しさや無力感が感じ取れるようになってるのも良いアクセント)、そんなある意味で一番人間臭い「人間」たる彼にも向ける形でウルトラマンがベーターシステムの技術を託すからこそウルトラマンの贖罪と信頼が篭った人類への愛がいっそう意味を持つ、且つそれに応える彼の決意がとても熱いものになるし、と彼周りの描写はこの終盤だけでなく本作全体において凄く丁寧に描かれてて良かったなぁ 他の人も言ってるけどこの終盤のウルトラマンをはじめとした外星人の存在が絡む形での諦観と再起の描写は原典における名エピ「小さな英雄」のイデ隊員の心情描写のオマージュとしても凄く良いですよね。あの「『ウルトラマンがいれば人間の力は必要ない』からの再起」という流れを初代から既にやってたの改めて革新的で凄いよな...

 

そして来たるゼットンとの最終決戦。滝くん達禍特対の面々が人類として紡いだ希望を繋ぐべく、自らを犠牲にする覚悟も抱いて飛び立ったウルトラマンが勇壮なファンファーレ風のBGMをバックに満を辞してのグングンカットと共にゼットンへ特攻し渾身の殴り飛ばしをかます、このクライマックスらしいドラマの盛り上がりとそれに合わせたようなスピード感あるフィニッシュ(今まで描いたこなかったグングンカットがここぞで「天空にそびえる巨大な敵への突撃と殴り飛ばし」というモーションとしてぶっ込まれるの、秀逸且つ端的なアレンジ・オマージュで良いよね)が猛烈に熱い!!...となったところで崩壊するゼットンが巻き起こしたブラックホールが無慈悲にもウルトラマンを引き寄せる...という怒涛の緩急でジェットコースターの如く情緒を揺さぶってくるのがまさにクライマックス、って感じで実に震えるところでありました。シンマンは今まで劇場では3度観たけど、いずれも一番感情が揺さぶられたのはここの怒涛の1分前後の展開でしたね...前述のめちゃくちゃ熱いフィニッシュから絶望感を演出するようなBGMにキッと切り替わり、必死に飛行し地球へ戻ろうとするもブラックホールに容易く弄ばれ吸い込まれていくウルトラマン、なんべん見ても胸がいっぱいになる...平和を手にした地球の青空の下で、神永さん/ウルトラマンが欠けた禍特対の面々が空を見上げるカットが直後に入るのがさぁ...

ちなみにあの場面、ウルトラマンの飛行の仕方や揺れ動き方が最後まで所謂飛び人形的なモーションになってたことはやや賛否が別れてるっぽいのだけど、ブラックホールに飲み込まれる直前まであの構えだったことはウルトラマンが最後の最後までみんなの元へ何としても戻ろうと足掻き飛び続けてたことの証明になっていてたまらない気持ちになるし、あの吊るされた人形感マシマシの動きが、全力で飛ぶウルトラマンを容易く弄ぶブラックホールの引力の無慈悲さを強調してたように思うしと、個人的にはあの演出だったからこそ引き出された味わいがあって良かったなぁと思うんですよね。古きアナログの演出手法を敢えて取り込んだ意義をしっかり醸した凄く巧いところであったなと

 

・枯れる花、最期の声、遥か宇宙の星─「エピローグ〜エンディング」

ブラックホールに飲み込まれてしまったウルトラマン、というところで引きとなったゼットン決着からのエピローグ。ゼットンを打ち破った人類の知恵と勇気、ウルトラマンの生きようとする想いに応え、ウルトラマンを救い人類から手を引くことを決めたゾーフィと、地球人類の未来や自身と一つとなった神永さんの命を案じるウルトラマンの語らいを軸に最後の締めを描くパートとなりました。

一心同体となった人間のために自身の命を託そうとするウルトラマンやその精神に感銘を受けるゾーフィなど、この辺りはだいぶストレートな原典最終回のウルトラマンゾフィーの対話のオマージュ(背景や構図とかも思っきしそうだしね)となっていましたが、「人間のことを知ろうとしたけど何も分からなかった。けれどそれこそが人間で、だからこそもっと知りたい」という人間に寄り添おうとする愛や、そんな中で抱いた「人間になるということは死を受け入れるということ」という長命な宇宙人たる彼なりの人間というものの在り方といったウルトラマンの人間に対する感情がここで更にグッと掘り下げられることで、人間という小さな生命に触れそれを慈しんできた1人の宇宙人を中心とした物語により強いドラマ性がグッと上乗せされているのがとても良きところでありました。原典のウルトラマンにおいては様々なエピソードでの仲間達をはじめとした人間との交流で積み上げられた一つの説得力と共に描かれたウルトラマンの人間への感情を、一本の映画という限られた尺の中で見事にまとめ上げた良い台詞であったなと感じます。ウルトラマンにとって「人間」というものはこれからどんどん知っていくところであったわけだけれど、そんな知らないことだらけでもっと知りたいと思えることこそが、人間の素晴らしいところであり好きなところであったんだろうな...と ここのラストのシーンをはじめ、神永さんの介さない純粋なウルトラマン本人の想いの語りをしっかり表現してくれた高橋一生さんにも拍手。最初気付かなくてエンドクレジット見て驚いたけど、2度目以降は概ねどの辺がそうか分かった上で見られて、色んなものを感じ取れたので更に良かった

そんなウルトラマンの想いをウルトラマン、そんなに人間が好きになったのか」と、原典と同じ台詞でたしかに受け止めるゾーフィも、流れこそ原典のゾフィーと同じながらも、裁定者として冷徹に地球人類に手を下そうとしていた最初があったからこそ、ウルトラマンに感化され人間に想いを馳せるようになった彼の内面の動きについて色んなものが感じられてグッとくるんですよね。無謀と知りながら自分の命を賭け戦い、それでも生きようと足掻いたウルトラマンの「死の受容と生への渇望が同居した心」に、彼が人間から受け取ったものを感じたからこそ、ゾーフィもゼットンを打ち破った人類の知恵と勇気を確かに称え見守る道を選んでくれたんだろうし、そこに至るほどに感銘を受けてくれたゾーフィも、根っこはウルトラマンと同じだったんだなぁとか、色々感じ入っちゃうね...こういうとこも含めてほんと良いキャラだったわゾーフィ

 

そしてウルトラマンの願いを受けウルトラマンと神永さんを分離するゾーフィ、同時に地球で目を覚ます神永さん、それを囲み安堵する禍特対の面々、というところで物語は幕を閉じ、米津玄師さんの名曲「M八七」で彩るエンディングに...で締めへ。このオチもなぁ、未だに思い返すたび色んな感情でいっぱいになりますね...ウルトラマンの想いを受けてのゾーフィの行動からの目覚める神永さんの一瞬のカット、というあの一連の流れを踏まえればウルトラマンがどうなったかはまぁ、つまりはそういうことなんだろうなと思うけど、それでもこう、生きててくれ、ウルトラマン...!!とは思わずにいられないですねぇ...原典と違ってゾーフィが生命を2つ持ってきてはくれないからこそウルトラマンが言葉通りそういうことになった可能性も大いにあるし、目を覚ました神永さんが言葉を発する前にエンディングへシフトしちゃうので一番大事な部分が良い意味でぼかされてるのがニクいんすよ けれど原典と違い、ウルトラマンが全てを神永さんに託したかもしれないと純粋に思うこともできるからこそ、本作におけるウルトラマンの強い想いが劇的な意味を持ってるのもたしかなので、ここは良い捻り方

からのエンディングへの移行の仕方、そしてそこから流れる「M八七」の、ウルトラマンというヒーローの在り方そのものをズバリバチコンと描き上げた歌詞とそれを紡ぎ出す切なくも心から色んなものを込み上げさせるメロディがまたたまらなくて最高。「M八七に関しても色々語りたくはあるのだけど、それで一本書けるまであるしもっとしっかり読み解いてる人が既に沢山いるのでここでは控える  本編ラストからエンディングへのシフトの仕方に関しては若干のぶつ切り感が否めないのもまぁあるとは思うんだけど、ウルトラマンがどうなったかなどに対し観る側が色んな想いを巡らせているまさにその時、本作のテーマやウルトラマンという存在そのものを優しく切なく表現した「M八七」が流れるあのエンディングへスッとシフトするからこそ本編の余韻感を全霊で味わえたところがあったのも確かだと思うので、個人的にあのシフトの仕方はああであるからこそ最高だったなと感じますね。本当に沁みるエンディングなんですよ...これがもう少ししたら配信でまた味わえるの素晴らしすぎる 待ち遠しい

 

 

以上、シン・ウルトラマン感想後編でした。改めて長いこと書き上げられず申し訳ねぇ!!!!!!(土下座) しかしその上でも今一度本編を思い返し、色んな考えをまとめ、やっぱりこの作品好きだな、となれたのは良かった。配信始まる前に完成させられて良かった...

で、今一度思い返して本作がどのようなものであったかについて感じるのは、もう端的に「『地球と人間を愛した彼方の星の人・ウルトラマン』という存在とはなんぞや」をウルトラマンが大好きなオタク達(褒)が全力で表現し切った最高の映画であったなというところですね。今の時代だからこその面白さも込めつつ、その昔に生み出された魅力あるヒーロー特撮ドラマとしての味わいもしっかり込めた名作であったと感じますね。今一度庵野さん樋口さんをはじめとした製作陣や、数々のキャラクターを見事表現してくれた役者さん達には感謝を。ありがとうございました。最高でした 

シン・仮面ライダーも楽しみだぜ!今度こそはちゃんと感想記事すぐ書く()

 

というわけで今回はこの辺で。最後まで読んでいただきありがとうございます。 読んでて共感できたり楽しめたりしたところがあれば幸いです

気に入っていただけたら次回も読んでいただけるとありがたいです。感想をくださったり記事の拡散等をしていただけたりすると更に喜ぶぞ!!

ではまた

 

 

君が望むなら それは強く 応えてくれるのだ

今は 全てに恐れるな

痛みを知る ただ1人であれ

 

微かに笑え あの星のように

痛みを知る ただ1人であれ